フルマラソン・サブスリーのメモ 〜2010年4月 第12回長野マラソンでの初サブスリー〜
2010年4月18日開催の「第12回長野マラソン」に出場、フルマラソンで初めて3時間を切ってゴールしサブスリーを達成できた。トップランナーからすればサブスリー程度のタイムなんてジョギング感覚で可能だろうが、中年市民ランナーにとっては随分と嬉しい結果であり、記憶の新しいうちにどの様な状況下でサブスリーに恵まれたか記録しておくことにした。サブスリーのための条件論やHowTo論ではなく、あくまで「自分がやったことの記憶」のメモである。
(2010年4月のメモ)
■はじめに
サブスリーのためにつらいハードトレーニングを沢山こなしてきたかと言えば明確にNOである(2009年に有志で3回だけやったIT走だけはとても辛かったですが…笑)。やっていたことは、日々のファンラン・ファンジョグが主体であり、多少は工夫したつもりの準備と遅いなりの戦略らしきものはあったが、沢山の幸運に恵まれて、たまたまサブスリーを達成できたと断定している。サブスリーに関しては達成条件や練習方法その他色々なノウハウが、雑誌・書籍のみならずインターネット上のホームページやblogに溢れている。面白い俗説も多くそれらを見ているだけで、サブスリーなんて無理だイヤできるかも・・・と妄想しつつ楽しむことが出来る。例えば次のサブスリー達成条件は、まずまず確かなものだと思っていた。
【俗説1】ハーフ1時間25分以内、10km38分以内の持ちタイムが必要(集計データから?)
【俗説2】10km39分以内、5km18分50秒以内の持ちタイムが必要(VDOT換算結果から?)
【俗説3】月間300kmで3年間の練習が必要(経験則か?)
自分はこの上記の条件をすべて満たせていない。ハーフは1時間26分台を1度出しただけで27〜28分台が持ちタイム。10kmに至っては40分を切るのが関の山。5kmも19分台をやっとのことで出せる程度である。自分の感覚からすれば、ハーフ85分切りなんて夢の様なスピードである。本格的にフルマラソンを意識した練習に取り組んだのは2007年8月からで、以降2010年3月までの2年8ヶ月=32ヶ月で、そのうち300km程度以上走った月は18ヶ月である。スキーに明け暮れる冬季と故障していた月はゼロ〜200kmである。と言うことで、サブスリーに関する体験談や経験則に基づくデータはあくまで「目安」であり、すべてのランナーに当てはまるはずもない。このメモもその怪しいデータの一つである。構成は次の通り。
1.前提となる個人データ
2.本格的に走り始めてからサブスリーを意識するまでの1年半
3.故障からの復帰とサブスリーへの手応えを掴む約1年
4.第12回長野マラソンに向けての3ヶ月間の準備
5.ラスト1週間の調整・カーボローディングなど
6.マラソン当日の起床〜スタート、特にカロリー摂取
7.レース中の補給
8.ウエア・シューズ・その他
9.レース中の意識
10.レース結果
11.沢山の幸運と謝辞
12.資料
■1.前提となる個人データ
プロフィール
1962年生、身長170cm、体重57〜62kg・サブスリー達成時は練習後入浴前夕食前で58kg程度。骨格は華奢。身体の柔軟性は悪い。運動神経はあまり良くない。学生時代の競技スポーツ歴は、高校1年時に3ヵ月で辞めた陸上部のみ(二重在籍の写真部での活動が忙しくなった)。大学在学中からレジャースキーを趣味にこれは今も継続中、レベルはカービングスキー以前のSAJ1級。ランニングは1993年末から開始したが、年間走行距離は1000kmを超えれば多い程度で、フルマラソンに向けて本格的に走行量を増やしたのは2007年8月から。普段の運動はランニングのみ。たまに水泳。筋トレは補強の腕立て腹筋のみ、それ以外はほとんど無し。サブスリー達成前の持ちタイムは、フル3時間4分台(2008年チャレンジ九頭龍フルマラソン)、ハーフ1時間26分台(2010年金沢ロードレース)、10km39分台(2008年坂井市古城マラソン)、5km19分台(2008年かなざわ市民マラソン)。
■2.本格的に走り始めてからサブスリーを意識するまでの1年半
2007年7月、2年来の仕事が一段落したこともあり、今度こそ十分に練習してフルマラソンに臨むことを決意して、3度目の新潟マラソンにエントリー。8月に月間練習量がそれまでで最長となる298kmを達成。9月はさらに348km達成。10月の新潟マラソンは最後まで走り続けられ200分を切るタイムでゴール。11月の扇状地マラソンINにゅうぜんのハーフで初めて90分を切り自己新88分台を出し、12月は加古川に遠征、新潟のタイムを3分縮めた。以降、故障期間やスキーに没頭する冬季以外は「月間300キロ」を目安に練習することにした。2006年までは年間1000kmを走れば上々であった練習距離が2007年は2300kmに。2008年は年間3000kmを走り、フル、ハーフ、10km、5kmの全ての距離で自己記録を更新。特にフルは長野、新潟、九頭龍で3回連続で記録を更新し、2008年11月のチャレンジ九頭龍フルマラソンで3時間4分台でゴール。伸び続ける記録に、サブスリーは達成できないタイムではないと意識し始めた(現実的にはサブスリーはまだまだ1kmも先で背中も見えない状態なのであるが…笑)。しかし10〜11月にレースを過密させたせいで、九頭龍のマラソン後に左の腸脛靭帯炎を患い故障。
■3.故障からの復帰とサブスリーへの手応えを掴む約1年
腸脛靭帯炎は3度目であり治癒を待ちつつのトレーニング方法は分かっていたが、2008〜2009年の冬季間はスロージョグとウォーキング、スイムしか出来ず、レースへの復帰にはやはり半年を要した。2009年4月復帰第1戦の魚津蜃気楼マラソン10kmは自己最悪記録の47分、その後も黒部名水ロードレース・坂井市古城マラソンと凡走レースが続き、走力が戻るまでにはさらに3ヶ月を要した。2009年の新潟マラソンはフルマラソンが開催されずガッカリしたが、年に1回はフルマラソンを走りたく、12月の加古川に照準を合わせ、9月10月は月間400kmを走り込んだ。11月もと意気込んでいたが、駅伝大会で5km区間を走った2日後、ロング走中に右股関節を故障、グロインペイン発生。それでも加古川を諦め切れず、入善のハーフマラソンを棄権して治癒に専念し加古川に出場した。サブスリーへの手がかりを探るため、自力に合ったペースをシミュレーションした結果「5km21分ペースで30kmを2時間6分で走りきる」実験を試すことにした。残念ながらレースは27.5km地点で大便を我慢できずにトイレに駆け込み実験は終了…記録は3時間8分台に終わった。しかし27.5kmまではキロ4分〜4分12秒のペースを刻めており、トイレでのロスタイムを考慮すれば3時間3分を切るか切らないかのタイム換算となり、あと1年程度もあればサブスリーを達成できるのでは?と手応えは感じていた。
■4.第12回長野マラソンに向けての3ヶ月間の準備
年が明け2010年となり、「5km21分ペースで30kmまで」の実験を長野マラソンでもう一度度試すことに決めた。この時点では(長野本番直前でもだが…笑)サブスリーはまだ無理と思っており、30km以降のペースや体調の変化がどうなるのか探れば、サブスリー達成に足りないものが分かる気がしていた。冬季の週末はスキー優先で1月2月は距離も200km程度しか踏めずロング走も無しと不安であったが、メインの練習場所である富山市体育館走路で、週に何度かは1周300mをきっちり1分16秒で3〜10周走り、加古川ではかなりぶれていた5km21分=キロ4分12秒のペース感覚の精度を高めることに努めた。結果、身体がそれなりのペース感覚を憶え込んでくれた様であった。また同時にリラックスしたフォームでペースを維持することを特に強く意識した。3月は早めにスキー板を仕舞い、33km走(キロ5分10程度)、44km走(キロ5分)、ハーフマラソンのレース(自己記録更新、86分台)、37kmLSD(クラブの仲間に付き合って頂く)、30kmペースランニング(キロ4分半…23kmで足裏にマメ発生で中断)と週1回は長めの距離を走り、本番2週前からは定石通りに練習量を落とした。
■5.ラスト1週間〜前日までの調整・カーボローディングなど
本番前1週間は、毎日30〜60分程度のジョグと1〜2km程度のキロ4:12のペース確認のみで、今更何をやっても力が付くはずがないと自分に言い聞かせて走りたい気持ちを抑えて、疲労を完全に抜く様に努めた。結果、これまでにない最高と思える体調と、走りたくてうずうずワクワクする精神状態に仕上がった。また、普段はほぼ毎日晩酌しているが、レース一週前の土曜にクラブの宴会でお酒を思いっ切り沢山頂いてその後はスパッと禁酒した。カーボローディングも実施、炭水化物摂取後の体重増に備えて月曜朝〜木曜朝までは量を少なめにした普通の食事、木曜昼〜土曜朝までは炭水化物を通常の2倍ほどに増やした。本番前日の土曜の昼と夜は馬鹿食いせずに普通の量、本番の朝は起床からスタートまで消化の良いものを断続的に推定1500〜1800kcal摂取した(6.で後述)。さらに、加古川で失敗した大便問題の対策として、金曜と土曜の朝はマラソン当日と同じ時間に起床して同じ時間に朝食を摂った。大便は朝食から24時間後くらいに排泄されるので、2日前から食事と排泄のリズムを整えたことにより、本番当日も朝食後すぐにスッキリと『大』問題を解決できた。土曜はリラックスに努め、家族と小布施須坂観光や、同じく長野に出場するクラブの仲間と善光寺参拝したり、車載していった自転車で長野市街をのんびりポタリングしつつ、カステラ(長野二葉堂のカステラはなかなか美味であった)やバナナなど直前食の買い物を楽しんだ。また、あまりストイックにならず、就寝前には350mlの缶ビール1本を美味しく頂いて、10時半にはベッドに入った。
■6.マラソン当日の起床〜スタート、特にカロリー摂取
スタート4時間前の4時半に起床、すぐに水代わりに缶VAAM1本とアクエリス少々を飲んだ。5時に牛丼チェーンの「すき家」で納豆と卵とご飯の朝食。ホテルに戻ってチーズ1切れ、バナナ1本、カステラ1切れ、オレンジジュース200mlを摂取。ホットコーヒーを飲んで『大』問題一発解決。長野駅発の臨時列車内でカステラ1切れ、北長野駅からスタート会場まで歩きながらさらにカステラ1切れ、ウォームアップと着替えの合間にパワーバー1本、これらをアクエリアスを少しずつ飲み流し込んだ。8時5分に荷物を預け、トイレで最後の『小』問題を解決してから、アミノバイタル顆粒スティック3本とウイダーインゼリーをスーパーVAAMで流し込んだ。スタートブロックに整列してから天然しお飴2粒を口に含んだ。飴の包み紙は歩道にいるボランティアの方が受け取って下さった。正確なカロリーは不明であるが起床後からスタートまでの4時間に推定1500〜1800kcalは摂取したと思われる。全てがエネルギーになれば(ならないが…笑)、30km程度分には相当するはず。
■7.レース中の補給
今回はカーボショッツ3本(エネルギー補給)、天然しお飴2個(電解質補給)、アミノバイタルプロ顆粒スティック2本(おまじないにしかならないか)を身に付けて走った。カーボショッツとアミノバイタルは、ランパンのウエスト回りに3センチ程度に切った丸ゴム・所謂ゴムロープを8本縫い付け、それで固定し(実用新案もののアイディアと自負している)、しお飴はホッチキスでゼッケンに付けた。補給は12kmでしお飴、17kmカーボショッツ、22kmアミノバイタル、27kmカーボショッツ(給水の位置で28kmとなった)、32kmしお飴(の予定であったがアミノバイタルにした)、37kmカーボショッツとした。給水は一度に大量ではなく、全給水箇所で少しずつ口に含んだ。少しでもエネルギーを取れる様に水ではなくスポーツドリンク(長野ではアミノバイタルのハイポトニック)を選んだが、カーボショッツを補給した際には水も飲んだ。合計300kcal程度の摂取である。
■8.ウエア・シューズなど
ウエアは半袖Tシャツ・ランパンともに2007年頃のミズノのサブスリーシリーズ製品を着用。実兄家族からのプレゼントでとても気に入っており、ほとんどのレースにこのウエアで出場している。シューズは履きなれたアシックスのターサーにするか迷ったが、加古川で27.5kmまでペース維持できたミズノのウエーブスペーサーGL2とした。またGL2のインソールは固定式なので汗の処理に優れるCoolMax素材のニューバランス製ソックスを組み合わせた。グローブは普通によくあるアシックス製、左手のみ使い捨ての薄いビニル袋を上に被せた。給水時に紙コップの中に指を突っ込めばコップを取り損ねることなく確実に掴めるし手袋も濡らさず冷たい目に遭わずに済む。マメの痛みと肌スレ防止にボルダースポーツを股の付け根、両足裏と足指に塗り、両乳首にはキネシオテープを張った。日焼け止めはボルダースポーツUVカットを使用した。日差しが強いのでサングラスも着用した。
■9.レース中の意識
最初から最後まで自分のペース感覚を信じて5km21分ペースの維持に努めた。スタート直後はどうしても混雑して遅くなるが焦っても前に出られるわけもないので人がばらけるまで我慢した。ペースダウンの錯覚に注意したのは、スタート後に飛ばしたいランナーにどんどん抜かれる長野駅前くらいまで。逆にペースアップの錯覚に注意したのは、落ちてくるランナーが増える中盤以降、特に35km以降はスローダウンしたランナーが多く抜きまくりの状態であり、さらに向かい風でペース感覚が難しかったが兎に角自分を信じた。また、曲がり角やアップダウンが終わる度に、練習時と同じリラックスしたフォームで走る様に意識した。40km地点でサブスリーを確信したが、故障ストップは絶対避けるべくラストスパートは自重、フィニッシュまでペース維持した。
■10.レース結果
スタートのロスタイム11秒、30km地点のSPLITが2時間6分22秒(ネット2時間6分11秒)と、当初の実験?計画通りに30kmまで走れた。5kmLAPは20:47〜21:12と多少ばらつくが、これは風や斜度によるものと思われ(としておこう)、レース全般を通じて平均LAPは4分13秒/km、前半ハーフ1時間28分57秒・後半ハーフ1時間28分58秒と、ほとんど完璧に近いイーブンペースで走れた。30kmまでは100点満点の99.9点、30km〜ゴールまでは100点満点で満点以上の点数と言ってよい出来であった。30km以降にペースダウンしなかった理由は自分でもわからないが、30kmまでの実験がたまたま無理の無いペース戦略となったことや、体調管理やカーボローディング・当日のエネルギー補給の考え方が自分に適したのかもしれない。
RUNNETのランナーズアップデート速報値
後日郵送されてきた記録証(陸連公認)
■11.沢山の幸運と謝辞
沢山の幸運
・東京マラソンの抽選に外れたおかげで、長野マラソンには「何としても」とエントリーできたこと。
・新潟のフル中止で加古川に照準変更、9月10月に400kmを走り込めたこと。
・グロインペインをきっかけに、股関節のストレッチメニューを増やし、フォームをさらに改善できたこと。
・加古川での大便ピットインの反省で、本番前の起床時間や食事時間にまで注意できたこと。
・テーパリングが奇跡の様に成功、これまでに無い抜群で絶好調の体調に仕上がったこと。
・長野マラソン当日の天候が、近年稀に見るマラソンに最適最高のコンディションとなったこと。
・前年、勢いで陸連登録したおかげでロスタイムの少ないBブロックからスタートできたこと。
・5km21分、30km2時間6分と言う単純明快な目標を持てたこと。
・レース中、自分のペース感覚を信じ切る能天気さを維持できたこと。
・レース中、サブスリーはまだ無理でも当然と、強迫観念無くリラックスしていたこと。
謝辞
上記の幸運よりも、やはり所属クラブのメンバーから良い刺激をずっと受け続けられたことが最大の勝因です。例えば、毎日の練習で引っ張ってもらったり、沢山の薀蓄を教わったり、「若いモンにはまだまだ負けられん!」と発奮させてもらったり、仲間のフォームを参考にさせてもらうなどなど、クラブの方全員から色々なパワーを頂戴しております。この場を借りて御礼申し上げます。そして毎日のランニングで家に居ない時間が多いのに、それでも暖かく応援してくれている家族に何よりも感謝しております。ありがとう!
■12.資料
(1)ラン歴とフルマラソンの記録
▼1993年、長男誕生を機に十ウン年のヘビースモーカー生活から引退、禁煙に成功。例に漏れず坂を転がる様にぶよぶよと肥満、2010年現在比でプラス10kgほどの体重に。元々の趣味であるスキーへの悪影響を憂慮し、1993年秋からジョギング開始。初日は2キロも走れずに昼食をリバースするも、走れば走るほど痩せるランニングにハマっていく。
▼1994年、練習で1度に走る距離を徐々に延ばし、夏場に初めて10kmを止まらずに走り切る。これが結構嬉しく、9月に神通川マラソン(現在は3月開催の大会)の10km部門でレーデビュー。42分台でゴール。金沢百万石ロードレース、高岡万葉マラソン等の10kmに続けて出場。僅かであるが41分程度まで記録向上。
▼1995年秋、第3回富山マラソン・チャレンジIN神通(現在5月開催のとやま清流マラソンの前身)で初フル。ハーフマラソンは未経験で、フルを完全に舐めてかかっての出場、見事に打ちのめされる。30kmでストップ。座ったり歩いたりで5時間18分でゴール。(走り始めてから2006年までは年間走行距離600km〜多くても1000kmを超える程度のであったが、走ることの楽しさに目覚め、ランニングがスキーと並ぶ趣味となる。とは言えフルマラソンは恐れて走らず、出場するレースは10kmやハーフばかり。タイムは10kmが41〜45分、ハーフが91分〜110分程度をウロウロ。)
▼1999年、ランニング同好会(現在の所属クラブ)発足。創設メンバーの一人となる。
▼2004年10月、新潟マラソンで2回目のフルに挑戦。残り2kmで痙攣、歩いてゴールしたがサブフォー達成。年間走行距離は1047km。
▼2005年10月、新潟マラソンで3回目のフル。37kmからバテバテとなるも何とか歩かずに3時間40分でゴール。年間走行距離690kmからすると上々の記録。
▼2007年7月、仕事が一段落したことをきっかけに「新潟マラソンをまともに走りきる」決意で練習開始。同9月に初めて月間300kmを超える練習をこなす。10月、新潟マラソンで4回目のフル、最後まで走り切り3時間18分台。さらに12月、加古川マラソンで5回目のフル、37kmで故障失速も何とか3時間15分台。
▼2008年4月、長野マラソンで6回目のフル、最後まで気持ちよく走り、3時間15分台(ネット12分台)。10月、新潟マラソンで7回目のフル、また35kmでつぶれかけるが何とか3時間9分台。11月、チャレンジ九頭龍フルマラソンで8回目のフル。最後まで崩れずに走り抜き3時間4分台。しかし左腸徑を故障、復帰まで半年以上掛かる。
▼2009年12月、加古川マラソンで9回目のフル。良いペースで走り続けるも、27.5km地点でトイレに大便ピットイン。緊張感が途切れ以降は遅いペースでゴール、3時間8分台。
▼2010年4月、長野マラソンで10回目のフル。ほぼ完璧なイーブンペースで2時間57分台でゴールし、サブスリー達成。
出場したフルマラソン全10レースのタイム
(2)本格的に走り始めた2007年8月からの月間走行距離
(3)1年間の練習メニュー(サブスリー達成までの1年間、日頃の10〜15km程度ジョグ以外をピックアップ)
▼2009.4
10kmレース1回(魚津蜃気楼M、故障明けで47分も掛かる)、IT走400x10を1回、ジョグは20kmが最長
▼2009.5
10kmレース1回(黒部名水RR、41分超、まだ走力戻らず)、29kmLSDを1回
▼2009.6
10kmレース1回(坂井市古城M、41分超、まだ走力戻らず)、IT走400x10を2回、30kmLSDを1回、呉羽山20kmジョグを2回
▼2009.7
ハーフレース1回(能登島RR、難コースで90分切り、走力ほぼ戻る)、39kmLSDを1回、25kmジョグ1回
▼2009.8
レース無し、20kmジョグを4本、20km程度のビルドアップ走を2本
▼2009.9
ハーフレース1回(金沢城下町HM、88分台、走力と気持ちが一体化)、シルバーウィークを中心に走り込み、44kmLSDを1回、33kmLSDを1回、20km程度のジョグを4回、月間426km
▼2009.10
クラブで65km走LSD、10kmレース1回(滑川、40分切り)、リレーマラソンで2km全力3本、30kmLSDを2回、20kmジョグを2回、月間428km
▼2009.11
5kmレース2回(駅伝5km区間、かなざわ市民M、それぞれぎりぎり19分台)、33km走で右股故障・グロインペイン発生、ハーフ(扇状地Min入善)DNS
▼2009.12
20kmジョグ1回、30kmペースラン(キロ4半)1回、フルマラソン1回(加古川、3時間8分台)
▼2010.1
週末はほぼスキー。練習は10km程度のジョギングのみ。キロ4分12のペース学習。
▼2010.2
週末はほぼスキー。練習は10km程度のジョギングのみ。キロ4分12のペース学習。
▼2010.3
33kmジョグを1回、44kmペースラン(キロ5)1回、ハーフマラソン1回(金沢RR、86分台自己新)、37kmLSD1回、キロ4分12のペース学習
▼2010.4
キロ4分12のペース学習、本番2周前に23kmペースラン(キロ4半…30kmの予定であったが足裏にマメが出来て中断)、
長野マラソンでサブスリー達成
(4)4月18日のレースの模様